ikechu’s 本棚

☆小説☆絵本☆脚本

orange②

「朔ちゃん」
朝御飯の支度をしていると、ふわふわとした声が聞こえてきた。
「おはよう」
「おはよ、、、」
いつもより元気のない声に、味噌汁を作っていた手をとめた。
おでこに手をあてるとじんわり熱が伝わってくる。
涼しくなってきたせいかな。
「もう少し寝とく?」
「ううん!スターのとこいく、、」
目が潤んでいても、彼は自分の体調に気づけない。
「分かった。これ着ていってね」
「うん!」
少し分厚いパーカーを着せると、急いで朝御飯に取りかかった。軽やかにかけていく後ろ姿は、やっぱりあの頃のままで、この痛みはずっと私を離してはくれない。



朝御飯を並べ終えて、ふと玄関に顔を出すと不貞腐れたように彼が座っていて笑ってしまった。
「スターいなかった」
彼の目先の小屋は空っぽで飼い主の靴もない。
「散歩じゃない?少し遅かったね」
「むーちゃん、また、おいていった」
彼なりの怒りなのだろうが、拗ねてるようにしか見えない。
喜怒哀楽が素直なのは此処にきてからだ。

リールの音と元気な鳴き声が聞こえた。
「スター!!」
ワンワン!!
「お!まってたのか!」
大きな声が聞こえるがまみやはスターとじゃれあっている。
「村さんおはよう」
「おう!おはようさん」
頭にタオルを巻いて潮の香りがする村さんこと、村重さんはここ、海の家満天のオーナーであり、私たちの恩人でもある。
「むーちゃん、また、おいていった!」
ひとしきりじゃれ終わった彼が村さんに文句を言うのも、いつもの光景だ。
「なんだ、行きたかったのか?」
「うん!スター海の香りがするよ!」
「夏の終わりの海もいいもんだな!」
豪快に笑う村さんにつられ、彼も屈託のない笑顔を見せる。
満天に来てもうすぐ2年。彼も私もすっかりこの生活が慣れてきている。
海が好きと言った彼の言葉だけを頼りに、全てを置いて二人だけでこの街にきて、海の近くのカフェ、満天に住み込みで働くようになった。

「さ、朝御飯食べよ!まみや!」
「うん!」
貴方が何もかもを忘れても、それでも一緒に生きていこうと決めたんだから。