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ikechu’s 本棚

☆小説☆絵本☆脚本

orange③

朝ごはんの卵焼きを二口口にすると、まみやのフォークは止まった。
「なんだ、まみや。食わねえのか?」
「おなかいっぱい
 ごちそうさま。」
ほとんど食べてないまみやは、いつもの縁側でスターになにやら話しかけている。
「具合悪いのか?」
「んー。少し熱っぽいかもしれない」
まみやの体調はコロコロ変わる。あの頃は風邪1つ引いているのを見たことがなかったが、これも後遺症の1つなんだろうか。
「、、参ったな」
「ん?」
「今日に限って配達がやたら入ってるな
 朔ちゃんには店出てもらわないと行けねぇしな」
カレンダーを見ながら村さんが言った。
村さんが焼く満天のパンは街の人に人気で、定期的に配達の依頼が入る。
まみやの様子からして、熱は上がるだろう。
普段ならカフェや、テラスで遊んでいるけど、体調の変化に自分で気づけないまみやを1人に出来ない。
「あ!守っちゃん!」
突然のまみやの声と縁側に現れた人に私と村さんは顔を見合せ頷いた。


卵焼き、味噌汁、焼き魚と次々に美味しそうに食べていく。
「はーうまかった。」
ふにゃんと人を安心させる笑顔。
「で、一緒にいたらいいんだな?」
まみやを指差して守っちゃんは言った。
「うん。私もお店にはいるんだけど、1人にしておけなくて」
まみやが不思議な顔をした。
村さんが支度をしながらまみやの頭を撫でた。
「よかったなー!まみや。今日は守が遊んでくれるんだってよ」
「ほんと?守っちゃん」
「ほんとだよ」
「朔ちゃん!守っちゃんとお絵描き!」
はしゃぐまみやはスケッチブックを取りにいった。
「元気だな~」
目を細める守っちゃんは、満天近くのアパートに住むイラストレーターだ。
いつもシャツとジーンズという砕けた格好だからか、はたまた安心させる笑顔のせいかまみやはよくなついている。
村さんとも親交が深いらしく、ちょくちょくごはんを食べにくる。

カフェのテラスから見える砂浜でまみやと守っちゃんがカニを捕まえて遊んでいる。
厚着をさせたが、熱は上がってきているだろうな。
すっかりそんな母親のような事を考える自分に笑えた。

まみやがあの頃の記憶を失ってから
まみやが体調を崩してから
只生きてるだけでいい。
もういなくならないでほしい
と、そればかり願っているのは、母親のような心境なのかもしれない。

orange②

「朔ちゃん」
朝御飯の支度をしていると、ふわふわとした声が聞こえてきた。
「おはよう」
「おはよ、、、」
いつもより元気のない声に、味噌汁を作っていた手をとめた。
おでこに手をあてるとじんわり熱が伝わってくる。
涼しくなってきたせいかな。
「もう少し寝とく?」
「ううん!スターのとこいく、、」
目が潤んでいても、彼は自分の体調に気づけない。
「分かった。これ着ていってね」
「うん!」
少し分厚いパーカーを着せると、急いで朝御飯に取りかかった。軽やかにかけていく後ろ姿は、やっぱりあの頃のままで、この痛みはずっと私を離してはくれない。



朝御飯を並べ終えて、ふと玄関に顔を出すと不貞腐れたように彼が座っていて笑ってしまった。
「スターいなかった」
彼の目先の小屋は空っぽで飼い主の靴もない。
「散歩じゃない?少し遅かったね」
「むーちゃん、また、おいていった」
彼なりの怒りなのだろうが、拗ねてるようにしか見えない。
喜怒哀楽が素直なのは此処にきてからだ。

リールの音と元気な鳴き声が聞こえた。
「スター!!」
ワンワン!!
「お!まってたのか!」
大きな声が聞こえるがまみやはスターとじゃれあっている。
「村さんおはよう」
「おう!おはようさん」
頭にタオルを巻いて潮の香りがする村さんこと、村重さんはここ、海の家満天のオーナーであり、私たちの恩人でもある。
「むーちゃん、また、おいていった!」
ひとしきりじゃれ終わった彼が村さんに文句を言うのも、いつもの光景だ。
「なんだ、行きたかったのか?」
「うん!スター海の香りがするよ!」
「夏の終わりの海もいいもんだな!」
豪快に笑う村さんにつられ、彼も屈託のない笑顔を見せる。
満天に来てもうすぐ2年。彼も私もすっかりこの生活が慣れてきている。
海が好きと言った彼の言葉だけを頼りに、全てを置いて二人だけでこの街にきて、海の近くのカフェ、満天に住み込みで働くようになった。

「さ、朝御飯食べよ!まみや!」
「うん!」
貴方が何もかもを忘れても、それでも一緒に生きていこうと決めたんだから。

☆color~orange①

 あの時、ああしとけば良かっただなんてそんな事
思っても意味がない事は分かってる。 
あの海を見た日、あの雪の降る日。
貴方は何を思って笑っていたのかな?
何を感じて泣いていたのかな?

人の気持ちなんて分からない、そんなの当たり前だ。分かろうとしても、分かった気になっていただけで、確信に迫らない狡い距離を保っていたのは私だ。 
幾度となく、感じた痛みも動き続けた想いも
きっといつかは忘れてしまうんだろう。
それでいい。
手を離さないと守れない。今を。
アナタを。

「ん、、、」
気持ちいい潮風が癖毛をなびかせる。
無防備に眠るアナタは、フワリと微笑んでまた眠った。変わらない、その微笑み。
それだけを守れたならかまわない。
世間も過去もなにかを忘れても。
昔も今もアナタだけが、私の生きる意味だから。

ねえ、まみや?
今でも雪がすき?
海を見ると泣けてくる?

私は眠るアナタに、あの日を重ね問いかけた。